スサノオ・ヤマタノオロチ伝説地(観る)
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 斐伊川の上流、鳥上の峯に高天原から天降ったスサノオノミコトが、ヤマタノオロチを退治してクシイナダヒメと結ばれるという神話「ヤマタノオロチ退治」。日本最古の歴史書といわれる「古事記」に残るこの神話にまつわる伝説地が、雲南市には数多く残っています。
(ページのご案内) 八本杉 八俣大蛇公園 印瀬の壷神 河辺神社 天が淵 温泉神社 長者の福竹 大森神社 釜石 佐世神社 須我神社 草枕 八口神社 尾留大明神旧社地
八本杉 八本杉(はちほんすぎ)

 スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した後、その八つの頭を埋め、その上に八本の杉を植えたと伝えられます。
 この杉は、長い年月の間、斐伊川の氾濫によって幾度も流失しましたが、その度に捕植され、現在の杉は明治6年(1873年)に植えられたものといわれています。

○所在地:雲南市木次町里方
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八俣大蛇公園   八俣大蛇公園(やまたのおろちこうえん

 スサノオノミコトは高天原(たかまがはら)から鳥上の峯に天降ったあと、斐伊川の上流から箸が流れてくるのを見つけ、川上に人が住んでいることを悟ったといわれています。
 この箸を見つけ、拾った場所が木次町新市の地であったと伝えられ、公園内にスサノオノミコトとヤマタノオロチが対決した場面を再現した石像と、「箸拾いの碑」が建立されています。

○所在地:雲南市木次町新市
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印瀬の壷神   印瀬の壷神(いんぜのつぼがみ)

 印瀬の八口神社(やくちじんじゃ)の境内にある壷はスサノオノミコトがオロチ退治の時に「八塩折の酒(やしおおりのさけ)」を入れた八つの壷のうちの一つと伝えられ、「壷神さん」として祀られています。
 この壺には「昔壷に触れたところ、俄かに天がかきくもり、山は鳴動して止まず、八本の幣と八品の供物を献じ、神に祈ってようやく静まった。」という伝承も残ります。

○所在地:
  雲南市木次町西日登1524-1 Map

河辺神社   河辺神社(かわべじんじゃ)

 スサノオノミコトの妻、クシイナダヒメが懐妊されたとき、産湯に使う良い水を探し求めたところ、「甚く久麻久麻志枳谷なり(いたくくまくましきたになり)」と仰せられ、河辺神社を御産所に定められたといわれています。
 「久麻久麻志枳谷」は奥まった静かできれいな谷という意味であり、これから熊谷(くまたに)という地名がついたといわれ、「熊谷(くまがい)さん」と呼ばれる産湯に使う水を汲んだ井戸の跡も残されています。

○所在地:
  雲南市木次町上熊谷1462-1 Map

天が淵   天が淵(あまがふち)

 斐伊川上流、木次町と吉田町境にある天が淵はヤマタノオロチが住んでいたところといわれています。

○所在地:雲南市木次町湯村 Map

温泉神社   温泉神社(おんせんじんじゃ)

 
天が淵の近くにある万歳山(ばんざいさん)にクシイナダヒメの両親、アシナヅチ、テナヅチが住んでいたといわれ、この山腹にあった二人を祀る神岩が、現在、温泉神社の境内に安置されています。

○所在地:
  雲南市木次町湯村1060
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長者の福竹   長者の福竹(ちょうじゃのふくたけ)

 アシナヅチ、テナヅチとクシイナダヒメは、ヤマタノオロチの危害から逃れるとき、この地に立ち寄り休憩されました。使っていた竹の杖を地面に立てたところ、杖から根が出たことから「長者の福竹」という地名になったといわれています。
 また、登った山の峰は「伴昇峰(ばんしょうがみね)」と呼ばれています。

○所在地:雲南市木次町西日登
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大森神社   大森神社(おおもりじんじゃ)

 スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治してクシイナダヒメを救い、結婚の約束をして須賀の地へ向かう途中、大森の地にしばし宿られ、婚儀の準備をされたといわれています。

○所在地:
  雲南市木次町東日登1345
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釜石   釜石(かまいし)

 御室山(みむろやま)にはスサノオノミコトとクシイナダヒメを祀る布須神社(ふすじんじゃ)があります。その麓にある岩は「釜石」といわれ、
スサノオノミコトがオロチ退治のときに「八塩折の酒(やしおおりのさけ)」を作らせた釜跡であると伝えられます。

○所在地:雲南市木次町寺領
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佐世神社   佐世神社(させじんじゃ)

 ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトが、佐世の木(ツツジ科の植物)の葉を頭に挿して踊っている時に、その枝が地に落ちたことから「佐世」という地名になったと伝えられています。
 佐世神社には、その枝が成長したといわれるシイの巨木が残ります。

○所在地:
  雲南市大東町下佐世1202
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須我神社   須我神社(すがじんじゃ)

 スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治し、クシイナダヒメを伴なって八雲山(やくもやま)の麓に至ったとき、「我此地に来て、我が御心すがすがし」といわれたことから、この地域を須賀(すが)というようになったと伝えられます。
 須我神社は、スサノオノミコト、クシイナダヒメが造ったとされる「日本初之宮」です。この宮を包むようにして美しい雲が立ち上がるのを見て、スサノオノミコトが「八雲立つ 出雲八重垣妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」と歌を詠んだことから、須賀の地は和歌発祥の地ともいわれています。

○所在地:雲南市大東町須賀260
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草枕   草枕(くさまくら)

 斐伊川と赤川の合流点に近いところに位置する草枕山は、八塩折の酒(やしおおりのさけ)を飲んだヤマタノオロチが苦しんで枕にして寝た山であるといわれています。
 赤川は安政年間まで草枕山を迂回して斐伊川に注いでいましたが、度重なる水難のため山を真二つに切り開き流れを変え、現在に至っています。

○所在地:雲南市加茂町神原
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八口神社   八口神社(やぐちじんじゃ)

 スサノオノミコトは草枕山に近い「八口神社」から矢を射て、
ヤマタノオロチを仕留めたと伝えられています。

○所在地:雲南市加茂町神原98
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尾留大明神旧社地   尾留大明神旧社地(おどめだいみょうじんきゅうしゃち)

 
スサノオノミコトは、この地でオロチの尾を開いて「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」を得られたと伝えられています。
 「天叢雲剣」は、またの名を「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」ともいわれ、三種の神器の一つとして熱田神宮(名古屋市)の御神体として祀られています。

○所在地:雲南市加茂町三代
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